「魔法使い」などと夢見がちな肩書きを持ちつつ、僕も今年で30になる。
いま周りのみんなに転機が来ている。
仕事を変える人
恋人と出会う人、別れる人
結婚する人
実家に帰る人
海外に行く人、帰ってくる人
宗教に入る人
病気になった人
刑務所から出てくる人
人それぞれ。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり。。。」
諸行無常。形あるものはいつかは崩れ、永遠は存在しない。
ものに限らず、人の心もまた移ろいゆくもの。
29年という短い人生経験だけれど、僕の周りの人はどんどん変わっていく。
同じグループのいつもおなじみのメンバーになるということがまずない。
よく考えてみれば知り合いは多いけれど、たいそうな孤独である。
僕は自分のやりたいことが鮮明に見えたある時から自分が変わることを恐れなくなった。一瞬一瞬が転機という生き方にシフトした。
あるところで、或いは人とふれあう事で自分を磨き、その次のステップに上がる時には、そこを出て行かねばならない。いや、一緒にいることもまた楽しいのだが。
その時皆で一緒に次に行けるのなら良いが、不思議なものでそう上手く事が運ぶことは少ない。
やっかいなことに、あることに慣れてしまった人は往々にして変わりたがらないのだ。変わるということは壁にぶつかる事でもあるから。
だから、前に進み続ける人間は常に同じ人やグループと一緒に居続けることができない。
しかし短い人生の中でも、ごくたまに、変化を恐れず孤独に生きている仲間を見つけることがある。親友とか、そんな幻想的なものではなく、リアルな戦友。言葉で慰め合ったりはせず、お互いの行動で勇気を与え合う仲。
一見すると人気者であったり、世間的に有名であったりしても、飽くなき探究心で何かに向かう人は、自然に「言い訳を外部に作らない」ようになり、孤独な道を歩むことになる。
多くの人はこういう。
「あの人がいるから上手くいかない」
「人脈がないからできない」
「私はこういうやり方でやってきたのだからこの方法でできないのは当たり前だ」「安定してない仕事なんて嫌だ」
「恋人が自分の予想外の行動に出たから別れる」
それぞれ事情が違うのだけれど、一つ大きな共通点がある。
何でもかんでも問題の原因を自分の外部に作る人だということ。
こういう人は、基本的に変わりたがらない。
孤独に自分で生きる道を選ぶ人は同じ状況で違う選択肢を選ぶ。
「あの人をうんと言わせるためには自分にどんな能力をつければ良いのだろうか。やってみよう」
「あとは人脈がないことだけが問題だけれど、何故無いのだろう。そもそも人脈とは運の良い人だけが手に入れられるものなのだろうか。調べてみよう。いや、あいつに聞いてみよう。第一歩になるかもしれない」
「今までのやり方でも良いけれど、こんな状況にも対応できたらもっと幅が広がるだろうな。よし、やってやろう」
「安定していないのは確かに不安だけど、自分で安定感を築けるようになれば会社に依存しなくてもやっていける。会社だって崩れないわけじゃないしな」
「相手にも心境の変化はあるだろう、自分には理解できないが、何か理由があるのだろう。話し合ってみよう。育ってきた環境も違うし、相手のことをもっと知る良い機会になりそうだ」
これらは皆環境のせいにするのではなく、自分をバージョンアップさせることで前に進もうと考える人々。つまり、変わる事を恐れない人。
こういう考え方をするわずかな人だけが戦友として残っていく。
変わる事を恐れているひとが必ず言う事。
「変わったら自分じゃなくなるし、今までの生活が崩れてしまう」
しかし
「変わろうとしないからいつか崩れてしまうのであって、常に良い方向に変わりつつある人は状況に応じて環境の変化にも対応できるから、崩れにくい」のだと僕は思っている。
たいそう長い間孤独に生きてきましたが、このところ共に生きていける戦友に出会う機会が増えている。
世の中全体が、変化の兆しを感じているようにも見える。
出会った戦友達とともに、時間をかけて自分を磨きつつ、退屈な世の中を作り出している勢力に対して平和的な戦いを挑んでいきたいものだ。
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